2009年01月06日

2009年のお正月

ake omedeto.jpg


世の中不況の真っ只中なれど、お正月休暇も明け、2009年が本格的に始動しました。

6日ともなればお正月気分を一新させるべく、昨日は毎月曜日の体操教室に。ストレッチとエアロで軽く汗を流してきました。
その効果あって?今日はあちこち筋肉痛〜。 (_ _,)ゞ

何はともあれ、無事にお正月が終わりましたぁ〜。るんるん

さて、お正月を振り返ってみると・・・

お正月は営業しているお店も少なく、我が家では京都洛北のレストランボルドーで、例年のごとく2日の晩に家族全員が勢揃い。

ボルドーの大溝シェフとは京都・桂の料理教室で年に2〜3度お料理を教えて頂いていた縁で、30年以上ものお付き合いがある馴染みのお店です。

シェフは平成12年度京都府「現代の名工」や 平成15年フランス共和国農事功労賞シュヴァリエも受賞されていて、私は2度とも祝賀パーティーに参加させて頂いており、本格的なフレンチを気軽に楽しめる稀有な存在。

2009borudo.jpg 

お料理は ・ ・ ・

2009 オードブル.jpg

2009メイン.jpg

2009デザート.jpg

満腹〜 どんっ(衝撃)


さて、我が家では全員で食べるおせちは 元旦ならず 3日の朝 
この日が我が腕の見せ所と言いたいのですが ・ ・ ・ 、


バッド(下向き矢印) だんだんと腕も体力も気力も鈍り、毎年同じメニューで堪忍やでぇ〜。
(^∧^)
             

2009おせち.jpg


それでも、焼き豚以外にも久しぶりに復活したローストビーフが大ヒット 右斜め上

2009お正月ロースとビーフ.jpg


うわっ〜 次男の嫁のMAIちゃん 写真の技術 抜群〜!

 美味しそう に写してくれました〜 サーチ(調べる)
有難う 揺れるハート A(^-^)R(-^ )I(^ )G( )A( ^)T( ^-)O(^-^)~♪

2009お正月おせち.jpg


今年も おせち作りは体力であるということを思い知らされましたぁ〜。

ただ、おせち全部が手作りということだけが自分への金メダルだと思いたいし、何時まで経っても、食というものは子供達と母親を繋いでいる絆なのかな ? ? ?
ニックネーム kazubutti at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 食事

2008年12月25日

サンタさんがやってきた!

クリスマス文字.jpg 
クリスマス お花1.jpg 

次男のところから今年もとってもお洒落なクリスマスのお花が
届きました。素敵なプレゼントを 有難う!ハートたち(複数ハート)

さて、孫のところにも来ました。来ました。サンタさんが!

我が家の孫達 お願いを聞いてもらえるようにサンタさんにお手紙を書いて家のポストに入れておいたところその手紙がなくなっていたので、

「きっと、サンタさんが持っていってくれたんだ」と大騒ぎ。

そうしたら、昨日は本当にサンタさんに会ってしまったー! 目
おまけにサンタさんからは「メリー・クリスマス!」と声をかけられ、
またまたビックリ exclamation&question 俄然気分が盛り上がり、すっかりクリスマスモードに。
「今夜は絶対サンタさんが来てくれる!」 と信じて二人はず〜っとサンタさんからのプレゼントを待っていたのです。プレゼント

(実は 小さな子供さんがいるお向かいのパパがサンタさんに扮していたのです。)

そこで、クリスマスイブは休日だった昨夜に繰上げ、ばぁばも招待を受けて、賑やかに隣り一家と揃って“メリー・クリスマ〜ス!”るんるん

ママの手作りケーキ バースデー
クリスマス ケーキ.jpg

ここの家の机の上はクリスマスグッズで賑やかです。

クリスマス グッズ.jpg

そして  ベランダに そお〜っと 置いてあったサンタさんからの
プレゼントを見つけ、大喜びするSAKIとHIKARU

クリスマスプレゼント1.jpg クリスマスプレゼント.jpg

やったー! SAKIのず〜っと欲しがっていたDS。

「サンタさんありがとーう」と外に向かって大声でお礼を言う
HIKARU。

さて、ばぁばの家は
出来上がったばかりの素敵なパッチワーク。

クリスマス シクラメン1.jpg

これは友達である先生の作品なんです。

惜しげもなく我が家のリビングにかけてくださいました。

戸外は、ちかちかとイルミネーションで賑やかなれど、
家の中も隣に負けないくらい、クリスマスモードに変身しました。

クリスマス2008夜.jpg

今年は 私が作ったなが〜い クリスマスのツリーも仲間いりして、
賑やか〜。

ニックネーム kazubutti at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) |

2008年12月24日

イスタンブールC

いよいよというかやっとというか? トルコ最終章に辿り着きました。

ガラタ塔からタクシム広場を通って・・・

タクシム広場.jpg タクシム広場1.jpg


お昼をすませてから軍事博物館の見学です。
トルコ軍事博物館.jpg

建物にはオスマントルコ時代の軍隊の銃や弓矢、剣等の装備品などが展示されていて、建物奥のホールではオスマン軍楽隊の生演奏を聴きました。るんるん

トルコ 軍事博物館.jpg

トルコ 軍事演奏.jpg

兎に角、ホール一杯に響き渡る勇壮な楽隊の演奏は
迫力満点。爆弾


演奏の始まる前、私達の前の席には小学生の子供達が先生と一緒に見学にきていました。すると、子供達は振り向いて、盛んに私達にサインを求めて紙を差し出すのです。

えっえ! 私達スター?  まさかまさか この年 この顔で???
こんなことなら、この顔 もう少し厚塗りにしておけばよかったと思うも
時すでに遅し。


一体何人の子供達にサインをせがまれたことでしょう。この年になってサイン攻めに会うなんて こんなの生まれて初めてぇ〜〜〜

最初はちょっと躊躇いながらも、気恥ずかしいようなちょっぴり嬉しいような気分で ・ ・ ・
う・し・し・ 漢字とローマ字でサインをしちゃいましたよぅ〜。

トルコの子供達って人懐っこくて本当に可愛い〜 ー(長音記号2)
トルコの子供達.jpg
これはトプカプ宮殿で出会った子供達ですが ・ ・ ・


この時、トルコ人が大変な親日家だということを身をもって体験したのであります。 黒ハート

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それには日本とトルコの親密な交流劇がいくつかあるのです。
エルトゥール号難破事件もそのひとつ。1890年明治天皇の親書へのお礼としてトルコ側使節団が来日した時、和歌山の串本で台風にあって船が沈没。その時、地元の住民が救助し手厚く看護し、その後日本船で無事帰国。このことはトルコの歴史教科書に掲載され、子供達も広く知っているということなのです。

改めて教育の大切さ、国と国 人と人を繋ぐものは“心”なのだと感じました。

午前中のクルーズで見た陸の大動脈 第二ボスポラス大橋は日本とトルコの交流の結晶。そして、二つのボスポラス大橋の耐震補強工事は日本の円借款を活用して行われる予定だし、海底鉄道トンネル開通計画等 現在日本とトルコは夢のあるプロジェクトに向かって推進中なのです。

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トルコと日本の関係は子供達のあの屈託のない表情にも表れていましたし、軍事博物館では何よりも子供達の笑顔と愉しい思い出をもらいました。


軍事博物館を出てバスに乗って中心街に戻った時には ガラタ橋も灯りが点り日もかなり暮れかけていました。

イスタンブール 夕暮れ.jpg


 いよいよ旅の日程最後となるエジプシャンバザールです。

エジプシャンバザール.jpg


観光客相手のグランドバザールに比べると、ここは地元の人達が利用する庶民的な市場といった雰囲気です。

これはヒルトンホテルの朝食に出ていた蜂の巣の入った蜂蜜ですが、
エジプシヤン はちの巣.jpg 

エジプシャンバザールで見かけました。
エジプシャンバザール 蜂蜜.jpg

香辛料のお店(トルコは香辛料を使ったお料理が多かった。)
エジプシャンバザール 香辛料.jpg

お土産にも買った代表的なお菓子“ロクム”等が店頭に並ぶ 
お菓子の店。
エジプシャンバザール お菓子.jpg

果物を売っているお店
エジプシャンバザール 果物.jpg

魚屋さんなど‥
エジプシャンバザール 魚.jpg

トルコの食生活を垣間見ることができました。


もう食べ飽きたけれど、いよいよ最後となるケバブ専門店でのケバブ料理の夕食です。

生地が薄いトルコ風ピザ       ケバブ

トルコのピザ.jpg トルコ ケバブ.jpg


これで旅日程全部を消化し、バスは空港へと向かいます。ブログのこのボリュームから察しても本当に充実した10日間でした。

どちらかと言えばオフシーズンだったのですが、流石晴れ女の威力!
天候にも恵まれて観光地はどこも空いていてスイスイと回れました。

まるまる夜中の飛行だったので、身分不相応ながらもビジネスクラスのツアーでゆっくりとした旅行が出来て大満足!でしたぁ〜 るんるん 

※ ツアーでご一緒だったS氏に依頼してドルマパフチェ宮殿の写真提供をしていただきました。イスタンブールBで改めて紹介していますので、大きな画像でご覧下さい。
ニックネーム kazubutti at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2008年12月22日

イスタンブールB

このツアーは午前中は自由行動だったのですが、結局、10人全員が午前はオプションに参加することになりました。るんるん

オプションと言ってもガイドはガレンさんだし、添乗員の山崎さんも一緒で、今までのツアーとは何ら変わりがないのです。 

ドルマパフチェ宮殿、ガラタ塔、チュネル体験というのがオプションの内容です。

先ずは新市街のドルマパフチェ宮殿へ。

威風堂々とした門 。 。 。

ドルマパフチェ宮殿 門.jpg 


衛兵が身動きもせず立っています。 。 。 
蚊にさされてもこうなのでしょか?

ドルマパフチェ宮殿 衛兵.jpg


1843年から10年以上の歳月がかけられたというバロック様式とオスマン様式を併せ持った宮殿です。

ドルマパフチェ宮殿 前.jpg


ドルマバフチェとは「埋め立てられた庭」の意味で、海に突き出た埋め立て地に建てられたオスマン帝国末期のスルタンの居城です。ボスポラス海峡沿いに門があり、陸からだけでなく海からも出入りできるようになっています。

中は男性だけのセラムルクと男子禁制のハレムの二つの建物に分かれています。宮殿の面積は1万5000uで、285の部屋、広間も43室あり、6つの浴場(ハマム)、68のトイレがあり、建物の総面積が世界一という程の壮大かつ豪華な宮殿です。

ドルマパフチェ 内部.jpg 

華麗な天井装飾の“儀式の間”(帝位の間) 

ドルマパフチェ 儀式の間.jpg

ドルマバフチェ宮殿 儀式の間.jpg 

思わず度肝を抜かれてしまうほどの 高さ36メートルの天井から吊らされたシャンデリアは イギリスのビクトリア女王からの献上品だということですが、ものすごい豪華なもの。750個のキャンドルが灯るバカラの特注品で、重さは4.5トンもあります。今までいろいろとヨーロッパの宮殿を見ましたが、こんな豪華なシャンデリアは初めてでした。






兎に角、部屋や調度品のどれをとってみても、オスマン帝国の栄華を彷彿とさせるものでした。

オスマン帝国の皇帝が亡くなった後もここは迎賓館として使われ、トルコ共和国の初期には大統領の執務所として使われたこともあって、時計はアタチュルクが亡くなった9:05分に合わせてありました。


桟橋が近いのでここから船に乗り込み、今からボスポラス海峡クルーズに出発です。船

 私達10人が乗った途端、あれっ! すぐに船は出港。



海から見るドルマパフチェ宮殿は、広大で一層豪華に感じられます。

ドルマパフチェ宮殿 外観.jpg

ドルマパフチェ宮殿 クルーズ.jpg


ガレンさんと添乗員さんを含めてたったの12名の航海です。

ボスフォラスクルーズ.jpg

オルタキョイジャーミーと第1ボスポラス大橋は絶好のカメラスポット。
ボスポラス海峡 ジャーミイ.jpg

日本企業(石川島播磨)が建設した第2ボスポラス大橋の手前は
ルメリヒサルの城砦です。
ボスポラス ルメリヒサル.jpg 


第二ボスポラス海峡を渡ったところ辺りで黒海まで行かず、Uターンして戻ります。でも、実際はどの辺りをUターンしたのか全然覚えていません。バッド(下向き矢印)

何故かというと、船室に入ってしまうや、船内に並べられていたトルコ石のネックレスの方に気をとられ、 ー(長音記号2) その後もお茶を飲んだりの雑談で、ただ、ぼぉーっとアジア側の景色を眺めていただけ。下船間近になったところで船員さんが 向こう岸のアジア側が高級住宅地のウスクダラだと教えてくれましたが、気がついた時にはもう到着です。

アジアとヨーロッパの両方。 イスタンブールならではのクルーズは所要時間 往復1時間半の贅沢な航海でした。
ボスポラス 船.jpg


今度はガラタ橋近くのカラキョイからチュネルという世界で一番短いという地下鉄に乗りましたぁー。

チュネル.jpg
これが地下鉄の建物。


ホームは青いイズニックタイルが貼られ、流石トルコの地下鉄という感じです。

チュネル ホーム.jpg

トルコに来てはじめて乗った電車は何と! たったの3分。ー(長音記号1) 着きましたぁ〜。遊園地の電車ぐらい短い距離。

チュネル 路面電車.jpg

駅を降りた所はレトロな路面電車トラムの発着場所でした。新市街を歩いて、ガラタ塔へ。

ガラタ塔への道.jpg

街を歩いているといくつかのトルコらしい光景に出会いました。

ガラタ塔 ドネルケバブ.jpg

トルコのドネルケバブ(回転焼肉)を売っているお店


坂道を下る途中寺院があり、お祈りの声(エザン)が聞こえてきました。寺院の外でも人々がメッカの方を向いて礼拝しています。でも普通に歩いている人達もいて、お祈りが決して強制ではないことを示しています。一日5回の礼拝はトルコ旅行中何度か耳にし、マイクを通して響き渡るエザンはここがイスラム圏であることを実感させてくれるものでした。


ガラタ塔です。

ガラタ塔.jpg 

ガラタ塔からは360度の風景が楽しめました。

イスタンブール ガラタ塔景色.jpg


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2008年12月20日

イスタンブールA

歴史地区の見学を終え、お昼もかなり過ぎていたのですが、歴史地区を入った所では昼食を愉しむ人達で賑わっていました。

イスタンブール 旧市街.jpg

私達も昼食を済ませてから、楽しみにしていたグランドバザールへ。

トルコ グランドバザール入り口.jpg


グランドバザールはエジプシャンバザールに対してトルコ語では屋根のある市場という意味でカパル・チャルシュと呼ばれています。迷わないようにかお店には順番に番号が付いていました。

バザールの中に入ると兎に角広いのです。、約4400軒のお店があると言われていて、ひとたび入り込んだら再び同じ出入り口には戻れないので、ガレンさんにこの通りから余り入り込まないようにと言われました。

メイン通りは貴金属屋さんが多かったようなので、ちょっと横に入った絵皿屋さんで買い物を。 

トルコ グランドバザール.jpg


たしかにメイン通りからはずれると縦横無尽に脇道があってそこにもお店屋さんが並んでいます。こりゃ迷子になったら大変と、早めにショッピングを切りあげ、集合場所に近い出入り口の袋屋さんの横の食料品店(キャビアと書いてあるオレンジ色のお店)は日本人がお店にいたので、オリーブ油や柘榴ティー等を買いました。

トルコ グランドバザール食料店.jpg



イスタンブールに入ってからは今までとはガラリと交通事情が変わってしまい 大変です。むかっ(怒り)

兎に角、至るところに路上駐車の車だらけ。 駐車場 少しのスペースでも容赦なく車が割り込んできます。歩道の上にまで駐車しているのですから ・ ・  これでは交通渋滞になるはずです。

全くもって 車の場合 目的地までの時間が読めません。モバQ

それでも、運転手さんの運転技術がいいのか、割合と早くホテルに戻れました。

ホテルでしばらく休憩してから ・ ・ ・

夕食はベリーダンスを見ながらのディナーショーです。ショーはホテルのすぐ近くなので歩いて行きました。

前の人はドイツ人。外国人も結構いました。

トルコ ベリーダンス.jpg
  
官能的で、とても真似のできない振りです。筋肉痛になりそう ・ ・ ・


ニックネーム kazubutti at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2008年12月19日

イスタンブール@(歴史地区)

夕食は新ガラダ橋の下のレストラン。レストランから桟橋を出る船を見ていたら、こちらが船に乗っているような錯覚に陥りました。橋の上では バケツを横に、欄干越しに竿をさし出し、釣り糸を垂らして魚釣りをしている人達が多数。結構小さな魚が釣れていましたよ。

イスタンブール到着後に初めて目にする大都会にしてはちょっと風変わりな町の光景でした。

イスタンブール マップ.jpg 


この地図を大きくして、見るとイスタンブールがどのような町なのかがわかります。丸で囲った所が我々2日間の観光場所です。


翌朝。先ずは旧市街のスルタンアフメット地区(歴史地区)を見学。

先ずはイスタンブールのシンボル ブルーモスク(スルタン アフメット ジャーミイ)を見学しました。

ブルーモスク 外観.jpg


オスマントルコ時代の建築で、大きな丸天井のドームと6本の鉛筆型の尖塔(ミナーレ)をもつトルコを代表するイスラム寺院。

ブルーモスク天井.jpg


内壁を飾る2万枚以上のイズニックタイルは青を基調にしているので、ブルーモスクと呼ばれています。

ブルーモスク内部.jpg


内部には260もの小窓があり、ステンドグラスを通して淡い光がドーム内を照らしています。



4世紀から6世紀ローマ帝国時代(コンスタンチヌス帝からユスティニアヌス帝の時代)に作られた地下宮殿
ビザンツからオスマントルコ時代にかけて主要な水がめとなった大地下貯水池がこの下にありあます。

地下宮殿外.jpg


水道橋からひいた水はここに蓄えられ、トプカプ宮殿にも供給されていました。

地下宮殿内部.jpg


時折,上から水が滴り落ちてくる中、幻想的な電球の光に導かれて柱の間をすすむと、薄暗い宮殿の奥に石柱の土台部分に大理石で彫られたメドゥーサの首が2つありました。

地下宮殿柱.jpg 

水の中の地下宮殿は薄暗くて、ちょっと不気味な感じがしました。
 



次はビザンチン建築の大聖堂 アヤソフィア博物館です。

 アヤソフィア.jpg


ローマ帝国時代にキリスト教会として建てられたけれど、第4次十字軍やオスマントルコ軍により略奪され、イスラム寺院へと姿を変え、壁の漆喰を剥がすと壁の下には ビザンチンを象徴するモザイク画が。

アヤソフィア 漆喰.jpg 

中でも聖母マリアに抱かれたキリストの画は有名
アヤソフィア 聖母マリア.jpg


15世紀に追加されたというメッカの方向を示すミフラープ。

アヤソフィア 内部 メフラープ.jpg


ミフラープとは、礼拝者にお祈りをする方向を示すために壁につくられた装飾物のことです。

さらに、ドーム内には イスラムのカリフ(指導者)の名前を独特のタッチで描いた黒と金のカリグラフィーの円板 など
アヤソフィア 内部1.jpg

いずれもこの教会が歴史に翻弄されてきたことを物語るものです。
現在は博物館。



次は15世紀に建てられたオスマントルコの居城トプカプ宮殿へ。

トプカプ宮殿 猫.jpg

第一庭園では猫達が庭でお昼寝。

トルコでは放し飼いの犬や猫の多いこと! 何故か人懐っこいのです。
食堂や遺跡 ありとあらゆるところに猫や犬達 。 。 。 猫

 
トプカプ宮殿 門.jpg トプカプ宮殿 アプローチ.jpg

威厳のある表敬の門です。

宮殿の見取り図 
トプカプ宮殿 見取り図.jpg


ここで有名なのがハレムなのですが、これは別料金。
ハレムとは皇帝の遊び場所。ハレムの中はスルタン(皇帝)と14歳未満のスルタンの息子以外は一切男子禁制の場所。ここに入れるのはスルタンの母親、妻、妾だけで、女達は入れるものの決して出られないのだそうだ。

ハレム 浴室.jpg ハレム 浴室扉.jpg 
スルタンの浴室。
スルタンであっても入浴中に暗殺されないようにと格子の仕切りがある。


ハレム 人形.jpg 
ハレムの生活を再現した部屋。

皇帝のホール

ハレム 皇帝のホール.jpg
 
他にもタイルの美しい数々の部屋がありました。

ハレム 部屋.jpg


大きな煙突のある厨房跡には世界の食器が集められていました。
写真撮影禁止だった豪華な宝石類を展示した宝物殿には86カラットのダイヤや世界最大のエメラルドの短剣など 当時の武器を展示した部屋なども見学。見ごたえ十分の宮殿でした。

トプカプ宮殿 眺望.jpg

トプカプ宮殿のテラスからの眺望は素晴らしい。 右がアジア側

このようにイスタンブールの歴史地区見学は見所が多く、気がつけば 
お昼もだいぶ過ぎておりました。時計


 
ニックネーム kazubutti at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2008年12月17日

カッパドキアからアンカラヘ

カッパドキアは自然が作りだした奇岩の一大スペクタクル。

特に気球体験は朝日に照らされた360度の大パノラマで、今回のトルコ旅行最大のハイライトでした。 
2日に亘った世界遺産カッパドキアを後にし、アンカラに向かいました。

途中、トゥズ湖(塩湖)に立ち寄りました。

トルコで2番目に大きい湖 トゥズ湖は、極端に塩分が高く、夏の間は湖の水の多くが干上がり、平均30 cmの塩の層となり、トルコの70パーセントの塩をここで賄っているそうです。しかし、冬の間に塩の一部は、降雨と河川の真水で溶けてしまっていて、冬のトゥズ湖はこんな感じでした。 

トゥズ湖.jpg

それでも塩の名残はありました。。。

トゥズ湖1.jpg


私は一面真っ白な湖を期待していただけに、これは予想外!今回の旅行 ここだけは期待外れに終わりました。 もうやだ〜(悲しい顔)

アンカラはアナトリア高原の西にあり、人口約320万人のトルコ共和国の
首都です。

アタチュルク廊
アタチュルク廊.jpg


第一次世界大戦の敗戦の危機から救った、“ムスタファ・ケマル・パジャ”が眠るアタチュルクの霊廊。アタチュルクとは“トルコの父”の意味で ガレンさんは彼のことを終始アタチュルク様と尊敬の念を込めて呼んでいました。まさにトルコの英雄なのですね。

アタチュルク 兵隊.jpg

ライオンロードから兵隊さんたちがやってきました。

アタチュルク 兵隊大.jpg

衛兵の交代です。


回廊は博物館となっていて、アタチュルクさまの愛用品や海外の要人からの贈り物が展示されていました。(写真撮影は禁止でした)

次は
トルコ中央部に位置するアナトリア地方の文明博物館。特にヒッタイト時代の遺物を中心とした収蔵物で世界的に知られる博物館で、旧石器時代から紀元前500年位までの出土品が数多くありました。

3.jpg


博物館として使用されている建物はもともと隊商宿として建てられたものです。 

アナトリア文明博物館2.jpg 


ここから、空港へと向かい、国内線でイスタンブールへ。飛行機

ニックネーム kazubutti at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2008年12月16日

終日カッパドキア

気球の感動がいまだ覚めやらぬまま、今日は終日カッパドキア観光です。

 先ずはギョレメ野外博物館にきました。

ギョレメ 野外博物館.jpg


3世紀半ば、ローマ帝国の弾圧を逃れたキリスト教の修道士達が、柔らかい岩をくり抜いて住居や教会を作り、ここに移り住んだ所です。11世紀に作られた洞窟教会には、光がささないため 当時のフレスコ画がそのまま残っています。

ギョレメ教会.jpg

これはエルマルキリセ(リンゴの教会)

蛇を退治している絵が描かれているユランルキリセ(蛇の教会)等がありましたが、フラッシュ禁止なので、内部写真を諦めました ・ ・ ・

ギョレメ 住居.jpg ギョレメ 食堂.jpg

右の写真は食堂です。左側には大勢で食事の出来る長い食卓が作られています。

次は絨毯工場の見学。目の保養をさせてもらいました。

じゅうたん女性.jpg

じゅうたん.jpg

賞を貰っている絨毯です。 模様が細かくて素晴らしい!


カッパドキアの北 アヴァノスは陶芸と絨毯の町です。

アヴァノスの町.jpg

アヴァノスの中心街。ここはヒッタイトの時代からの窯業の町なのです。

アヴァノスの町お茶.jpg

ここでお茶を飲んでいるのはみな男性。女性は一人もいません。
よほどトルコの女性は働き者なのでしょう。 
私 日本の女でよかった ・ ・ ・

アヴァノス川.jpg

町の中心をトルコ最長の川 クズル川が流れています。
クズル川とはトルコ語で赤い川の意味。

アヴァノスの川1.jpg


この町の陶器工場は後で見学するらしく、先にカッパドキアのビュースポットを幾つか回るため、再びクズル川を渡って奇岩地帯へ。
 
デヴレント ラクダ岩.jpg

先ずはデヴレントのラクダ岩。

デヴレント ラクダ岩1.jpg

昼食はまたまた洞窟レストラン

????〓〓〓〓〓.jpg

ウチヒサルからエルジェス山(真ん中に小さく白い山が)が
見えています。こんなに綺麗に見えることは珍しいのだそうです。
Lucky!

ウチヒサル エルジェス.jpg

何でも体験しておきたい私達 ラクダに乗りましたぁ〜。初体験でーす。

ウチヒサル ラクダ.jpg

ラクダの背中は思ったより高くて、歩くと身体が揺れるので
落ちないようにしっかりつかまっていました。

ウチヒサル ラクダ下りる.jpg


ラクダに乗ったすぐ横には尖った岩があります。

ウチヒサル とがった岩.jpg

この尖った岩に数多くの穴が開いているのですが、これは鳩の家といわれる鳩の巣で、鳩の糞を(牛の糞10キロに対して1キロの鳩の糞)混ぜて肥料にするためにわざと開けたものなのです。火山性で土地が瘠せているカッパドキアならではの凄〜い知恵。 グッド(上向き矢印)

ウチヒサル 尖った鳩.jpg


エルジェス山(左側に小さく見えています)を見ながらパジャパーへ。

エルジェス山.jpg

パチャバーには有名な3本のきのこが生えているような形の大きな岩があります。この辺りが有名な“妖精の煙突”地帯です。 

パジャバー きのこ岩.jpg

パジャバー .jpg


鉄分が多いためピンク色に見えるゼルベの岩 この穴も鳩の家かしら?
ゼルベの岩ピンク.jpg

次は陶器工場の見学です。
ろくろを回して手際よく蓋つきの砂糖入れを作っていくところを
実演してくれました。 

とうきこうば.jpg

陶器好きの私はお皿6枚とチャイのカップ2組を買いました。

とうき 皿.jpg

トルコの国の花チューリップを描いた小さな器です。

とうき チャイ.jpg

トルコの柘榴ティーやアップルティーをこれで飲むのが楽しみです。



  追加:(ツアーで一緒だったSさんより写真提供がありました。)

前の晩、サンセットバレーを見て、帰りのバスに乗り込んだ時、夜空を見上げると 偶然にも 三日月に星。トルコの国旗を逆さにしたような月と星が出ていました。夜空までが粋な計らいをして 我々を歓迎してくれたようですね。揺れるハート 

トルコ国旗.jpg

地元の新聞に載ったそうですよ。


参考までにカッパドキアの地図を! 大きな画像で

カッパドキアマップ.jpg

ニックネーム kazubutti at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行

2008年12月14日

カッパドキアの夕日と朝日

カッパドキアの奇岩は 数億年前に起きたエルジェス山の噴火によって、火山灰と溶岩が数百メートルずつ積み重なった末、凝灰岩や溶岩層になり、その後も岩部は風雨に打たれ侵食し、硬い部分だけが残されこのような奇岩地帯となったのだそうです。

パジャパーの谷
きのこ岩.jpg

可愛いきのこ達 何をお喋り?

日没まで時間があるので、トルコ石のお店に行きました。 


展望台の上でワインを飲んで身体を温めて、いよいよローズバレーのサンセット見学です

Cimg7180.jpg 

ピンク色の岩がオレンジに染まって ・ ・ ・

ローズバレーのサンセット.jpg

いよいよサンセット

ローズバレーのサンセット1.jpg

ローズバレーのサンセット2.jpg 

夕食は洞窟レストランでまたまたまた壷焼きだった。 レストラン 
トルコ料理もだんだんと飽きてきたなぁ〜。


私達が泊まるホテルはユルギュップにある洞窟ホテル アルフィナです。


洞窟ホテル夜.jpg 洞窟ホテル ベッド.jpg 


このホテルに2連泊。翌日は移動もなく、出発も遅いので、翌朝は気球ツアーのオプションに参加することにしました。

始めは少なかった希望者も結局10人中7名が参加することになり、ロビーに6時15分に集合。気球会社から迎えがきて、幾つかのホテルを回りながら参加者を拾っていきます。

朝は霜が降り、寒かったので、私はバルキータイツにズボンを2枚重ねて、腰にはホカロンを貼っていざ出発!

気球メンバー.jpg 気球 籠の中.jpg

オーストラリアでも体験しているので私は一番先に籠に乗り込みお手本を。


ふわっと気球が上がってしばらくすると朝日が昇ってきました。

いいタイミングです。
気球朝日.jpg

気球 朝日と気球.jpg

朝日は夕日に比べ数倍ものエネルギー!晴れ 勢いがありますね。 

気球朝日の谷.jpg

遠くラクダ岩? ?? が朝日に映えています。
カッパドキアの奇岩地帯が広いということを空中から実感しました。

気球 朝日オレンジ.jpg

上から見下ろす カッパドキアの風景は壮観そのもの。

気球 低空.jpg

低空飛行だと、ギャー 岩にぶつかりそう〜 むかっ(怒り)

気球 低空岩.jpg


気球 ローズバレーの朝.jpg

昨日夕日を見たローズバレーの展望台でしょうか?

霧がでてきました。

気球 霧1.jpg


気球 霧影.jpg

我々の乗っているバルーンの影が霧に写って ・ ・ ・

気球 霧 風景.jpg

霧がカッパドキアを埋め尽くしています。

気球 霧 朝日.jpg

筆舌しがたいほどの この感動 ・ ・ ・ ぴかぴか(新しい)

気球 雲海.jpg

ここは雲の上? はたまた天国か?

気球 墨絵.jpg 気球 着陸寸前.jpg

突然墨絵の世界に変わりました。     でも着陸前には青空に

着陸隊が我々の気球の傍まできて、綱を引き着陸です。

気球 着陸.jpg 気球 証明書.jpg 

名前の入った飛行証明書を貰って無事に40分の飛行を終えました。





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コンヤからカッパドキアへ

コンヤからシルクロードを通ってカッパドキアに入りました。ホテルを出発して40分ほど走ったでしょうか?見渡す限りの大平原が広がり、草を食べている羊の群れに幾度となく出会いました。

コンヤから40分.jpg

この情景 ここでは まるで違った時間が流れているよう〜。ハートたち(複数ハート)

途中、スルタンハンにあるキャラバンサライ(隊商宿)に立ち寄りました。中央アナトリアが貿易路として栄えた頃の建物で数ある隊商宿の中では一番綺麗に残っているそうです。回廊式の建物には食堂やハマム(トルコ風呂)、宿泊場所、ラクダをつなぐ場所等もあるそうですが、ここでの休憩は短く、チケットを買ってもゆっくり見学する時間がないので、ガイドさんの説明だけを聞きました。

キャラバンサライ正面.jpg

キャラバンサライ全景.jpg 

まだまだシルクロードの旅は続きます。

シルクロード2.jpg


この風景に ラクダに乗って往来した昔の人達の姿に想いを馳せ・・・ 

標高が1000mの高原地帯に 雪を抱いたハサン山(高さ3268m)が遠くにまたは近くに見えます。

ハサン山.jpg

シルクロード4.jpg


ごつごつした岩が見え、風景が少しずつ変わり始めました。カイマクルです。“買いまくる?”なんだぁ 同じ発音じゃないですか 爆弾

カイマクル付近.jpg

地下都市の前に並んだお土産物屋さん

カイマクルみやげ物や.jpg

地下都市は6〜9世紀にこの地に住むキリスト教徒達が、イスラム教徒の迫害から逃れるために造ったもので、カッパドキアには発掘されていない場所を含めて約35ヶ所の地下都市があり、代表的な地下都市のカイマクルは深さ65m 地下8階におよぶもので、公開されているのは地下4階までです。

カイマクル通j路.jpg

迷路のような内部は、背を丸めて歩かなけれならないほどの狭い通路や階段で結ばれていて、居室や台所、穀物の貯蔵庫、ワインを作る穴などの生活環境が整っているのには驚き〜。

カイマクル地下 .jpg


通路の要所には敵が侵入した際に通路を塞ぐための円形の巨大な石の扉が仕掛けられています。

カイマクル 石.jpg


この巨大な地下都市では、1万5000人もの人達が息を潜めて暮らしていたのでしょう。知恵の跡が偲ばれます。


お昼は洞窟レストランで

洞窟レストラン外観.jpg

洞窟レストラン.jpg

この辺りは陶器の町なので、つぼ焼き料理が多いのでしょうね。

洞窟 つぼ焼き.jpg

洞窟レストラン楽器.jpg

カーヌーンという75弦の楽器の演奏を聴きながら食事

洞窟 スープ.jpg 洞窟 メイン.jpg


なるほどウチヒサールに行くと先程の料理に使ったような壷がごろごろ転がっていました。

ウチヒサール つぼ.jpg

ウチヒサール .jpg

ここのお土産屋さんが住んでいる洞窟の家に案内して頂きました。

ウチヒサール 民家.jpg

靴を脱いで、トルコ絨毯が敷き詰められたリビングに上がらせてもらい、
チャイをご馳走になりました。

ウチヒサール民家の居間.jpg

ウチヒサール民家1.jpg

織りかけの絨毯もありました。
ガイドのガレンさん 絨毯織りに挑戦!

ウチヒサール 民家2.jpg

ここの家の息子さんでしょうか。
名物の“のびーるアイスクリーム”の実演をしてくれましたが、誰も買わなかったの。たらーっ(汗) お兄ちゃん ごめんね。

ウチヒサール 伸びるアイス.jpg

カッパドキアはまだまだ続きます。今日はこれまで。。。




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